天才

数学的・理系的センスってなんだ? 凡人が為すべきこととは

どうも、書い人です。

今回は、数学的センスについて深堀りして考えていきたいと思います。

まずは、いくつか数学の天才たちの逸話を紹介します。

どれも界隈(かいわい)では有名ですので、知っている方もそれなりに多いと思います。

かの数学王ガウスは日本で言う小学生くらいのときに「1から100までの数字を全部足したらどうなる?」という問題を101が50組できるから5050だ、と即答したそうですが、まさに王。

その少し前の時代の、ガウスに並ぶ数学界の巨人、レオンハルト・オイラーは8桁×8桁の掛け算などを暗算で数秒で解く(ちなみに後に両目とも失明している)ことができ、論文の数は膨大極まりなく、いまだに論文の全集は完成していないとのこと(完成させる気がないだけかもしれませんが)。

原子爆弾の研究・開発(マンハッタン計画やその後の原子力委員会)にも関わった20世紀の超天才、ジョン・フォン・ノイマン(ジョニー)は、大学の数学教授が3ヶ月苦しんで解いた問題を、その教授から玄関先で話を聞き、その話を途中で遮(さえぎ)り、数分ほど考えて同じ答えを出したという話があります。

その大学教授は長いことショックから立ち直れなかったそうな。

また、ノイマンの逸話をもう1つ。

ドイツの学位の試験では「解けない問題(おそらくは未解決の超難問)」を出して、すぐに「わかりません」と答えれば優秀な生徒とみなす、という意地悪なことをしていたそうなのですが、ノイマンも同様の問題を出されてまたしても数分ほど考えて……、なんと一部を解いてしまったそうな(『フォン・ノイマンの生涯』より引用)。

「解けない問題」を出して、一部とはいえ解かれてしまった試験の教授たちの顔が気になります(笑)。

素晴らしい定理を見つけたり、呼吸するがごとく計算したり、膨大な思考領域を持っていたりするのが数学の天才なのでしょう。

複雑なことを複雑に感じない脳の特異な構造とでも言うべきなのか。

数学的センスの極端な例はその辺かもしれません。

じゃあ、我々凡人や、まあちょっとは突き出た程度の人間はどうすれば良いのか、というのが本題です(前置きが長くなってスミマセン)。

基礎を大事にしよう

天才だろうがなんだろうが、基本的な事項を理解していなければ先には進めないでしょう。

1を聞いて10を応用してしまう天才でも、それ以前の知識や「(知の)巨人の肩に乗って」いたのは間違いありません。

論理的に疑問を持つ

論理は数学において極めて重要です。

ここがこうなったらどうなる? という疑問に思う考えは大事ですし、まあはっきり言って高校以下の数学ではそこまで必要のない思考なのかも(むしろ、かえって邪魔になる可能性すらある)しれませんが、大学以降で難易度の高い数学を学びたいという方はこういう考えは重要でしょう。

余談ですが、人生において論理性や悩みを突き詰めると辛くなったりするので、そちらはほどほどにしておいた方が良いとは思います(本音)。

大学以降の数学についてはセンスが問われる?

高校まではセンスより愚直さですが、大学(特に理系)の数学に関してはセンスが問われるみたいですね。

さっさとその領域に進んで問題を前にウンウン唸(うな)りたいところですが、まだまだです。

高校の数学は解けるようにできている論理パズルといったところですが、大学の数学はまさしく数学そのもの、ということなんでしょう。

第一線に行けるかはわかりませんが、とにかく勉強したいですね。

やっているうちにセンスのなんたるかが余計に分かるかもしれませんし、さらに深堀りできそうです。

お互いに頑張りましょう。

ありがとうございました!