知性

誰かに教えるという工程をスキップすると、学習速度は恐ろしく早くなる

どうも、書い人です。

最近、「これはどういうことなのか?」を厳密にして教えようと(常に)学習すると、恐ろしく効率が悪くなることに気が付きました。

少し前の自分がそうでした。

元々誰かに『もの(概念・がいねん?)』を教えるのが好き(大好き)な性分が災いした気がします。

特に数学とかですが、ひとまずは問題が解ける程度に学ぶことに専念した方が良いような気がします。

中途半端に余裕をかましていると、きついことになりかねません。

特に直感(右脳?)的な閃きですいすい解ける人からすると、誰かに教えるというのは論理的に考える、言うなれば非常にスロウ(ゆっくりとした)ペースで『もの』を考える行為にになります。

自分のペースと違う速度で学ぶのって、正直かなりきついと思うのですよ。

比較的頭の良くて、性格も良い人、あるいは教師を目指したい方はそれでもまず自分のペースでささっと学んでから、論理的思考の整理をしたほうが良いと思いました。

誰かに教えられるほど理解する、というのは大事です。

しかし、直感的(全体像を『まとめて』理解?)でないと理解できない概念は難易度が上がるほどたくさん出てくるでしょう。

最初は、「なんか、見ればそうだとはわかるけど、説明ができない」というので良いと思うのですよ。

全く気にしないのがNGなだけであって。

なんか理解した気になっている、その場では良い点が取れる、程度だといずれボロが出るはずです。

復習や知識の補修工事(補強)、バグ取り等のアップデートはある程度学ぶごとに行うと良いはずです。

ありがとうございました!

今日の自分(書い人)の場合などは、数Ⅱ(高校数学)の累乗根などを直感的に解いていたのですが、ちゃんと人に説明できない気がしたので、最初の説明を問題を解いてからしっかりと確認しました。

身体でわかっていることを説明するってなかなか、すごく難しい。

自転車を漕(こ)ぐことはできても、身振り手振りを一切使わず運転の方法を誰かに教えるような感覚です。

さらに言うと、「自転車が漕げるようになったら、ちゃんとそれを他人にも説明できるようになろう」とか思って自転車の練習をするのは非常に難しいでしょう。

できるようになってからで良いんだよ、と言ってあげたいです。

特に過去の自分に。

誰かに、華麗に超難しい数学とかをスラスラ教えられる人にむちゃくちゃ憧れているのですが、ちょっと災いしたかな(苦笑)。

ありがとうございました!